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大分地方裁判所 昭和32年(わ)279号 判決

被告人 戸高公徳

主文

被告人は無罪。

理由

第一、本件公訴事実

一、公訴事実

本件公訴事実は、被告人は国家地方警察巡査部長として国家地方警察大分県本部警備部警備課に勤務していた者であるが、その当時上司の特命を受けて大分県直入郡菅生村(現在竹田市に編入)方面における日本共産党の所謂軍事方針に基く活動の実体等を探知把握することに努めていた折柄、同党員後藤秀生等が治安を妨げ又は人の身体財産を害しようとする目的を以て使用することの情を知りながら同人等の為同人の依頼により昭和二十七年五月二十九日頃の午前十一時過頃大分県大分郡判田村大字下判田柴尾諫作方附近薪小屋において村田克已より爆発物及びその使用に供すべき器具たるダイナマイト約十八本、雷管約十五個及び導火線約十米を受け取りこれを同県直入郡菅生村大字菅生松井波津生方に持ち帰り同日午後九時頃までこれを保管して寄蔵し、同時刻頃同村大字菅生字下菅生菅耕方においてこれを後藤秀生に交付して譲与したものであると謂うのである。

二、認定事実

第一回公判調書中被告人の供述記載部分、被告人の当公廷における供述、被告人の検察官に対する昭和三十二年八月三日、同月十六日、同年九月十二日、同年八月二十四日付各供述調書(検第九号、第三十二号乃至第三十四号)、村田克已の検察官に対する昭和二十七年六月十一日、同月十六日、同月十八日付及び検察官事務取扱副検事に対する同月十四日付各供述調書謄本(検第一号、第十九号、第二十号及び第十八号)、検察事務官が昭和三十二年七月十日撮影した写真及び写真撮影顛末書(検第六号)、検察事務官作成のレポ原文等の謄本(検第七号)、小林末喜の検察官に対する供述調書(検第八号)、司法警察員作成の差押調書謄本(検第十五号)、裁判官作成の爆発物保管嘱託書謄本(検第十六号)、松井波津生の検察官に対する供述調書(検第二十六号)、菅忠愛の検察官に対する昭和二十七年六月六日、同月七日、同月十二日付各供述調書(検第十一号乃至第十三号)、裁判官の菅忠愛に対する証人尋問調書(検第十四号)、押収にかかる大分合同新聞昭和二十七年一、二、三月分夕刊綴中同年二月二十四日付新聞一部(昭和三十三年領第六十三号の押第一号)、大分合同新聞同年一、二、三月分朝刊綴中同年一月二十八日、同年二月十三日付新聞各一部(同領号の押第二号)、西日本新聞同年一、二、三月分新聞綴中同年二月十三日、同月二十四日、同年三月十九日付新聞各一部(同領号の押第三号)、朝日新聞同年二月分縮刷版中同月十一日付新聞一部(同領号の押第四号)、朝日新聞同年三月分縮刷版中同月十一日、十三日、二十二日、二十八日付新聞の各一部(同領号の押第五号)を綜合すれば次の事実を認めることができる。すなわち、

国家地方警察大分県本部警備部警備課に巡査部長として勤務し左翼関係の情報収集の任務についていた被告人は、昭和二十七年三月初旬頃同警備部長小林末喜より菅生村(現在竹田市に編入)附近の日本共産党の所謂軍事方針に基く活動の実体を探知把握して直接同人に報告すべき旨の特命を受け同月中旬頃菅生村に潜入し市木春秋の変名にて同村大字菅生製材業松井波津生方の住込み傭人となり、間もなく日本共産党員後藤秀生等に近ずいて同年四月下旬頃後藤から直接入党の勧告を受けてその申込をすませ、同年五月上旬頃後藤の提案により権力機関との斗争を目的とする秘密組織の中核自衛隊を結成することを企図し、その斗争の手始めとして当時の国家地方警察大分県竹田地区警察署菅生村巡査駐在所(現竹田警察署菅生巡査駐在所)に投込むため後藤の口授するままに書いた脅迫文を後藤において同駐在所に投込んだこともあつた。更にその頃後藤から中核自衛隊の活動方針等について現在武器の収集をしており現に手投弾を某所に隠匿してあるし地区や県の上級機関にも上納しなければならないので、引続き武器を入手する必要がある旨の話があつたので被告人はいよいよ後藤等の武器収集の実態等を探知把握すべき機会を窺つていたところ、同月十四、五日頃同村大字菅生字下菅生菅耕方での会合で後藤より「安藤精米所気付佐藤次郎様」と表記し裏面に「大分黒田」と記載したレポ文を渡され、これをもつて大分県大分郡判田村大字下判田に行き佐藤から武器の材料を入手してくれとの依頼を受けてこれを応諾した。そこで被告人は同月十七、八日頃大分市内の前記小林部長宅において同部長と共に右レポ文の内容を検討したが、それには「先日は有難う、今後定期的に取りに行きたいからお願いする、品物は此の使の者に渡してくれ、男六名、女二名」等と記載されているのみで、後藤のいう武器の材料が如何なるものであるかは全然予測できなかつたため、同部長より改めて「武器の材料を確認し更に佐藤の正体をつきとめるため佐藤の所に行き、品物を受取つたら後藤に渡さねばならないだろう、渡した後は後藤等の行動をよく監視せよ。」との指示を受けて、同日判田村に赴いてレポ文の名宛人佐藤は実は村田克已の偽名であることを知り、同日夕方まで待つたが同人の仕事の関係で会えず菅生村に帰つた。その後、同月二十日過頃被告人は菅方で後藤に対し村田に会えなかつた情況を話したところ、後藤から、ついでの時でよいこと及び党の上級機関より菅生地区の活動は生ぬるいから積極的な活動をせよとの指令を受けた旨を告げられた。かくて同月二十九日頃の正午過頃被告人は判田村大字下判田柴尾諫作方附近薪小屋において右レポ文を村田克已に渡し、同人より同人がズボンのポケツトから出した油紙に包んだ長さ十糎位の棒状の物十四、五本、煙管のがん首より少し小さい真鍮製様の長さ三糎位の物十二、三本及び紐状の長さ十米位の被覆線様の物の手交を受けて所携の新聞紙に包み込みその際村田の説明により始めて、これらが爆発物であるダイナマイト十四、五本、雷管十二、三本及び爆発物の爆発を惹起すべき装置に使用する器具である導火線約十米であることを知つたのであるが、これを更に風呂敷に包んで携行運搬して同日夕方頃菅生村に持帰りこれを松井波津生方において保管した上、同日午後九時過頃同村菅耕(菅忠愛の父)方表出入口土間において後藤秀生にこれを手交したものである。

三、争点

検察官は被告人は後藤秀生等が治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとする目的を以て、ダイナマイト等本件の爆発物を使用するものであるとの情を知りながら同人等のためこれを携帯運搬、保管した上右後藤に手交したのであるから被告人の右行為は爆発物取締罰則第五条に所謂寄蔵及び譲与に該当する旨主張し、被告人並びに弁護人等は被告人が右外形的行為をなしたことは争わないが、(一)本件は爆発物取締罰則第五条の犯罪構成要件を充足せず、同条の罪を構成しない、(二)仮りに検察官主張のように被告人の行為が右第五条の要件を充足するとしても、右被告人の行為は警察官殊に警備警察に専従する被告人としての職務行為であり刑法第三十五条にいう正当の業務行為であるから罪とならない、(三)さらに被告人の本件行為が職務権限を逸脱したものであつて正当業務行為と認められないとしても被告人は右ダイナマイト等を運搬譲与するに際しては、これを職務行為であると確信して行つたものであり、かく信ずるにつき相当の理由があり、その間何らの過失もなかつたのであるから刑法第三十八条にいわゆる罪を犯す意なきものであつて責任を欠き右罰則第五条の罪を構成しない、(四)更にまた被告人の行為には期待可能性がないから犯意の規範的要件を欠き責任性なく罪とならないものであると主張する。

第二、当裁判所の判断

よつて以上の争点について順次当裁判所の判断を示すこととする

一、爆発物取締罰則第五条の構成要件該当性について、

(1)  同罰則第五条の解釈、

前示事実関係により明かなとおり、被告人自身は治安を妨げ、又は人の身体、財産を害せんとする目的はなく、又右目的を以て単独或は後藤等と共謀又は共同して本件ダイナマイト等の爆発物を使用する意図もなく、専ら右後藤等日共党員の軍事活動を探知するため本件所為に出たものであるから、本罰則第一条乃至第四条に該当しないことは言を俟たないところであつて、問題は第五条に該当するか否かである。

弁護人等の主張は、同罰則第一条の犯罪者すなわち、爆発物等の使用の既遂犯せいぜい第二条の未遂犯を幇助した場合が第五条に該当するのであつて、第三条の犯罪者のためにする行為はこれに包含されないと主張し、その論拠として、第五条において、「第一条に記載したる犯罪者の為め」と規定している文言、並びに第五条の規定する法定刑が第三条、第四条のそれと同一であつて、その刑が不均衡であることを挙げている。なるほど、第五条には「第一条に記載したる犯罪者の為め」とあつて、「前各条に記載したる犯罪者の為め」とは規定してないので、この法文の字句を言葉の通常の慣用法に従い解釈するならばまさに所論のとおりであり、一応当を得た解釈と見られないでもない。しかし、同罰則の各本条の規定を比較検討し、同罰則全体の立法精神を探究するに、およそ、爆発物ほど人命、財産を殺戮破壊する力の強大なものはなく、一度これが不法に使用されたときはその損害は甚大であり、社会の秩序、治安は混乱の極に達することは明らかであるので、同罰則は爆発物に関する犯罪を重大視し、これに対し一般刑法理論の一部適用を排除し、且つ具体的危険の発生を俟たずして、抽象的危険の発生をも阻止しようとして、明文を以て共犯を独立犯として(第一条)、従属性をとらず(第四条)、予備行為を処罰する(第三条)のみでなく、幇助行為を独立犯として処罰の対象とし(第五条)、更に立証責任を転嫁し(第六条)、発見者に告知義務を課す(第七条、第八条)る旨規定し、厳罰を以てのぞんでいることが窺われる。また第三条において、第一条の目的を以て爆発物若くは其の使用に供すべき器具を製造、輸入、所持し、又は注文を為したる者と規定し、これを不適法に使用する意図の有することを明示していないが、第一条の目的たる治安を妨げ、人の身体、財産を害せんとする目的を以て、同条所定の行為をなす以上は、その目的に従つて使用する可能性があることは自ら明であるから、特にこれを明記しなかつたに止まり、同条が第一条の罪の予備行為を処罰する法意であることも明白である。

かくて、第一条以下第五条までの規定は、すべて第一条所定の不法な目的を以て爆発物等を使用する罪に関するものであり、各本条はその各段階並びに各態様の行為をいづれも独立犯として処罰せんとしたものであることが看取される。

かかる観点から第五条の規定を合理的に解釈するならば、不法な目的を以て爆発物を使用する罪に関する限り、その使用の実行の有無を問わず、将来実行しようとするものであつても、これを幇助する特定の行為は、刑法の幇助犯の理論によらずして、独立犯として処罰する趣意であることが諒解されるところである。すなわち、第五条の「第一条に記載したる犯罪者の為め」とは「第一条の目的を以て爆発物を使用し又は使用せんとする者」を指称し、かかる犯罪者のうちには第一条の使用の既遂犯はもとより、第二条の使用の未遂犯のみでなく、第三条の予備犯第四条の陰謀犯をも包含するものであつて、これ等の者のため、その情を知つてこれを幇助する第五条所定の行為をなしたものは、ひとしく同条に該当するものと解するのが相当である。

而して、所論のように第五条の幇助犯が第三条の予備犯並びに第四条の陰謀犯とその法定刑を同一にすることは一見均衡を失するかの感なきを得ないが、右は爆発物使用に伴う高度の危険性の存在という特殊性に由来し、その危険性の軽重を実質的に勘案すれば、それ等の間に区別すべき理由は見出し得ないことからして法が同一の法定刑を以てのぞんだことが首肯されるところであり、かかる事例は他の立法にも全く見出し得ないところではない(国家公務員法第百十一条、地方公務員法第六十二条参照)。のみならず、仮りに弁護人の見解に従うなれば、第一条の犯罪者の為め幇助行為をした者は、一般共犯理論によるよりも第五条により却つて軽い三年以上十年以下の懲役又は禁錮をもつて処断されることとなり、第二条、及び第三条の犯罪者のため幇助行為をした者は刑法第六十二条、第六十三条の適用により前者については二年六月以上十五年以下の懲役又は禁錮により後者については一年六月以上五年以下の懲役又は禁錮により各処断されることとなり、必ずしも均衡を得たものということはできないので、法定刑の均衡ということは左程重視するは当を得ないものといわねばならない。以上説明したとおりであるから、爆発物取締罰則第三条の規定する予備行為を幇助する行為は第五条に該当しないとの弁護人等の所論には賛同し難い。

(2)  本犯たる後藤秀生等の爆発物使用目的の有無

被告人及び弁護人等は、被告人が運搬、保管、交付した本件ダイナマイト等について、右行為当時後藤秀生等において第一条所定の治安を妨げ、又は人の身体、財産を害せんとする目的を以てこれを使用する意図があつたことが明確でないと主張する。

しかし、前掲各証拠殊に被告人の検察官に対する供述調書(検第九号)菅忠愛の検察官に対する供述調書(検第十一号)及び証人尋問調書(第十四号)前示レポ文等の謄本(検第七号)により、当時の日本共産党の軍事活動が活溌化し、その戦術を転換した後は、全国的に過激な活動を繰返していた情況にあり、この方針に従つて後藤等が同年五月上旬頃菅生村において中核自衛隊を結成し、武器を収集して敵陣営たる警察等を襲撃する意図を洩し、その実行を真剣に主張していた事実及び本件ダイナマイト等もその武器の材料としてこれを収集しようとした意図である事実がともに明白であるので、右後藤秀生等において、これを日共の暴力的活動に使用する意図を有していたことは容易に首肯されるところであるから、同人等に第一条所定の目的を以て使用する意思があつたことを認めるに充分である。

(3)  本犯たる後藤秀生等の前記(2)の使用目的に関する被告人の知情の有無

被告人及び弁護人等は被告人の本件所為当時、後藤秀生等に前記(2)の使用目的があつたことは予想もしなかつたことであると主張する。

しかし前掲各証拠殊に被告人の当公廷における供述、検第九号、第三十二号の被告人の各供述調書、検第八号の小林末喜供述調書、検第十一号、第十四号の菅忠愛の供述調書及び尋問調書に検第三号の「中核自衛隊の組織と戦術」と題する文書を合わせ考察すると次の事実が認められる。

すなわち、被告人の菅生村潜入当時の日本共産党の動向は昭和二十六年二月頃以降第四回及び第五回全国協議会において「非合法活動の強化」「軍事方針について」等の活動方針が定められ、その決定に基きその後工学便覧、球根栽培法、内外評論等一連の非合法機関紙により、中核自衛隊の組織と戦術、軍事行動等の指令が与えられ、全国各地において活発な非合法運動が行われておつたもので、あたかもこれに照応して大分県下菅生村方面においても、昭和二十六年八月頃菅生村開拓農協組合長の組合費横領事件が発生したところ、これに着眼して大分県大野郡大野町細胞のキヤツプ後藤秀生が菅生村に入り込み、開拓農協の粛正、農地配分、国有地払下等の運動を開始し、これに豊肥山村工作隊員の坂本久夫等が応援に加わり、ボスの排撃、村政批判を唱えて同年十二月頃には菅生村日農支部の結成に成功するに至り、その頃から共産分子の行動には看過し難いものがあり、治安上警戒を要する事案が頻発する状況であつたので、昭和二十七年一月頃大分県警察本部より警備課員を菅生村に派遣し、情報収集に当らせると共に竹田警察署長にも特別警戒班を編成させ、その警戒及び情報収集に当らせたが、日共の巧妙な戦術と強固な秘密組織による行動に加えて、報復を恐れるためか、村民の口もかたく、満足な情報が得られないうち、同年三月頃党員が武器を収集して居るらしいとの情報があつたので、その種類、数量、入手経路、使用目的と、これに関係する人物を一日も早く明らかにして、その全部を抜本塞源的に、行動開始前に検挙して、未然に事件の発生を防止し、一般村民の不安を除くべき必要が痛感される情勢に立ち到つたものである。かくて、昭和二十七年三月上旬頃被告人は上司小林警備部長より異例の特命、自己の警察官たる身分を秘して菅生村に潜入し、同地方において日本共産党の行つているという武器収集の実態を探知把握してこれを直接同部長に報告すべき旨の命を受けて菅生村に特派せられたものであり、以後前記のとおり、市木春秋なる仮名を用いて松井波津生方に雇われ、機会を捉えて日本共産党員に接近することに努め、同党員後藤秀生と接触するに至り、菅耕方において数回にわたつて後藤等と会合を重ね、同年五月上旬頃菅方における後藤秀生、菅忠愛、工藤祐次等との会合に際し、後藤において中核自衛隊を組織すべきことを提唱し且つ自らその責任者となることを表明すると共に、中核自衛隊とは四、五人が一組となり、長の命令で軍隊式に動き、鎌、とび口、竹槍、ダイナマイト等の武器をもつて警察関係を襲撃する組織である旨の説明があつた。又、その頃被告人は後藤より現に手投弾を或る所に隠していると聞かされたが、謂うところの手投弾が如何なるものであるか、その隠匿場所はどこであるかの点は探知し得なかつたところ、同年五月十四、五日頃菅方において後藤より「武器の材料を取りに行つてくれ。」と頼まれ、一通のレポ文を手交されたので、自己において右レポ文の中身を調べたが、受取方を頼まれた品物が何であるか判読し得ず、同月十七、八日頃小林部長の官舎に同部長を訪ね、後藤より頼まれた次第を報告し、レポ文を示して如何に処すべきかについての指示を求めた。その際、小林部長においても品物が何であるかを解読し得なかつたので、被告人は同部長より後藤の依頼を実行して品物を確かめ、受取つた上は後藤に渡さねばならないだろうから、以後は後藤等の行動を監視するようにせよとの指示を受けて、結局同月二十九日頃村田克己から本件ダイナマイト等を受取り、その際村田の説明によつて「武器の材料」というのはダイナマイト等であることを確知したものであるが、これを一旦菅生村に持帰り同夜これを持つて菅方に至り同家入口の土間においてこれを後藤秀生に手交したものである。

これを要するに、被告人が菅生村に特派されるに至つた経緯、被告人が親しく接した後藤秀生、坂本久夫等の言動、特に本件ダイナマイト等は「武器の材料」として受取り方を依頼されたものである点、しかも右レポ文によると後藤は被告人に対する右依頼前より既にダイナマイト等の継続的収集を企図し、これを実行していたことが明白である事実に、当時全国各地において日共による所謂火炎瓶斗争が執拗に繰返し行われていた事実、被告人自身は左翼関係の情報収集者として有能優秀な警察官であつたこと等の一般事情を合わせ考えると、本件当時後藤秀生等が治安を妨げ又は人の身体財産を害する目的に使用する意図の下に本件ダイナマイト等の入手を実施していたものであることは被告人においても充分これを知悉していたことを窺うに足り、むしろ、被告人が敢て後藤秀生等のために本件を犯した意図は爾後における本件ダイナマイト等の使用の状況の具体性を探知究明するにあつたとみるのが相当であるから、被告人は後藤秀生等の叙上の使用目的を知つて本件所為(ダイナマイト等を携行、運搬、保管した上、これを後藤に手交した)をなしたものであることもまた十分肯認し得るところであり、この点に関する被告人及び弁護人等の主張はともに認容し難いところである。

而して、以上のごとく被告人において右の情を知つて本件所為をなしたものである以上、被告人が後藤等の行つている武器収集の実態を探知把握せんとする意図を有していたとしても、「後藤等のため」に前記爆発物等の使用を容易ならしめるため、本件所為をなしたものであると認めざるを得ない。

以上説示のとおりであるから、被告人が後藤秀生等が罰則第一条の目的を以て爆発物を使用せんとする意図を以て、本件ダイナマイト等を収集しているの情を知つて、その求需に応じ、村田克己からこれを受取つて、携帯、運搬、保管して、後藤秀生に交付した行為は、結局後藤秀生等の第一条の目的を以てする爆発物使用罪の予備段階において、これを幇助したものということができるので、被告人の該行為は第五条に規定する第一条に記載した犯罪者の為めその情を知つて、爆発物若くは其の使用に供すべき器具を寄蔵し、且つこれを譲与した場合に該当し、同条の構成要件を充足する行為であるといわざるを得ない。

二、本件は刑法第三十五条に規定する「正当の業務に因り為したる行為」であるか否かの点について弁護人等は被告人の本件行為は、警察官として警備情報収集の目的を以てその手段として行つた行為であるから、その正当な職務行為であり、爆発物取締罰則違反の点についての違法性は阻却されると主張する。

なるほど、被告人は前示のごとき情勢下において、菅生村における日共の軍事活動を把握し、武器収集の実情を究明する目的で上司の命により菅生村に潜入し、後藤秀生等に近づき、同人の依頼により、上司の指示を受けて村田克己より武器の材料たるダイナマイト等を受取り、これを保管した後さらに後藤秀生にこれを手交したものであつて、被告人の主観においては警察官としての職務の遂行を期する意図があつたことは肯認される。しかしながら、警察官の情報収集活動乃至捜査の方法はもとより無制限である筈はなく、法が認容する権限と形式の限界範囲内において行われなければならないことは多言を要しないところであり、その枠外に出れば正当性を失い、違法性を帯びて来るのは当然である。

その正当性の限界は法益保護の目的に対する適当な手段であるか否か、すなわち行為が公の秩序、善良な風俗に反するか否かにより決せられ、かりに法律上許された行為たる形式を具備しても、それが権利の濫用に属するものは違法性を阻却されるものでない。

本件被告人の行為の正当性についても、その権限行使の目的と手段、体様について、関係法規その他法秩序全体の関連性、究極において健全なる社会通念によつて判断されねばならない。殊に被告人の場合におけるごとく、警察官の職務活動については、警察法第二条に規定する公共の安全と秩序維持に当る責務に基き、合理的厳格性を固守し、いやしくもその権限を濫用することがあつてはならず、その責務遂行の手段においても、警察官職務執行法特にその第四条、第五条が遵守されねばならないと同時に被告人の本件の場合においては爆発物取締罰則に該当する行為の法律的評価が深く勘案されねばならない。いうまでもなく、爆発物を不法に使用することはその危険性極めて大であり、その損害は甚大であつて、社会の秩序を乱す事態を惹起するものであることは既に前に述べたとおりである。

以上の諸観点からして、被告人が叙上のごとき警察官としての職務遂行の手段として本件行為に出たものであるとしても、本来個人の生命、身体、財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧の責務を有するに拘らず、抽象的危険すら処罰の対象としている爆発物を後藤秀生等が同罰則第一条の目的で使用するものであることの情を知りながら、同人にこれを手交し、具体的危険の発生の虞れある事態を作為したことは明らかに職務行為を逸脱し、正当なる職務行為の限界を越えたものであつて、違法たること自ら明らかである。

なお、本件においては本犯たる後藤秀生等において既に犯罪の意図があり、同人の依頼によりこれを予備行為の段階で幇助したに過ぎないので、所謂「おとり捜査」とは称し得ないものであるが、犯罪の挑発、誘発行為乃至教唆等の存する「おとり捜査」の場合と本件幇助行為とは共に共犯の範疇に属する点並びに警察官が犯罪捜査の手段としてなした点で類似の関係にある。しかし成法上所謂「おとり捜査」を容認され、捜査目的のため、或る程度の手段を用いることが必ずしも違法でないとされている麻薬取締官の禁止物件たる麻薬所持の行為については、特別の規定を設けて取締官にその危険発生の防止に任ぜしめていること、且つその罪質に差異のあること等に徴すると、爆発物取締罰則違反の行為について、捜査目的に出でたるの故を以てその違法性を否定すべき理由は見出し難く、弁護人の所論に引用の判例は本件に妥当しない。

また、弁護人等は、被告人の本件所為は上司の命令、指示によつたもので上司の命令は適法であるから、これに従いて任務の遂行のため為した行為である限り違法性はないと主張する。

そして被告人が上司小林警備部長の指示、命令を受けて、菅生村に潜入し、且つ武器の材料を受取に行つたものであることは前に説示のとおりである。しかし、右の上司の指示は日共の軍事活動の状況探知にあり、且つ被告人が後藤秀生から運搬方を依頼された武器の材料の内容については不明のまま、これを運搬手交することによつて、その内容、数量、関連人物等を確認することにあつたことが一応認められる。それ故上司の命令がダイナマイト等の運搬、手交を含まないとすれば、その命令は適法であるけれども、被告人がこれに拘束されたものでないことは極めて明白であるが、仮りに上司において、さきの武器の材料がダイナマイト等の法禁物であるかも知れないことを予想していたものであり、被告人において右のとおりにダイナマイト等を含む命令であると考えたとしても、上司の命令であるからとて、法規の範囲内においてこれに服従する義務があるのであつて、これを逸脱した命令である限り、これに服従する義務はないのであるから、右のごとき命令であれば明らかに違法な命令で、毫も被告人を拘束するものでないから、被告人は警察官として良識に従つて自由な判断に基いて行動をなすべきであるに拘らず、本件所為に出ることを避けることなく、該爆発物を第三条の犯罪者に手交する意図の下に運搬、保管し、これを手交したことは、叙上のごとき上司の命令に従つたことの故を以てその違法性を阻却する事由とするに由ない。

さらに弁護人等は、被告人において、上司の当初の指示に基いて、後藤秀生等との接触を維持し、武器収集の実態を明にする任務を完遂するために本件爆発物等を後藤秀生等に交付したものであつて、交付後これが監視に努め、可及的速かに上司に報告すべく意図を用い、結局交付後約三十八時間にして上司に報告し、後藤等の使用の阻止並びに検挙の措置に出でしめたものであるから、本件行為はなお正当な職務遂行のための行為というに妨げないと主張するのであるが、被告人において本件行為後に右のごとき行為に出たことは、未だ本件行為の違法性の有無に消長を及ぼすものでなく、また行為当時において、事後監視等危険の発生を完全に阻止し得る措置を採り得るものと信じていたとしても、自己の意思に反し、予期通りにならない事態に立ち至ることも予測されないでもないから、当然このことは考慮すべきである理であつて、左様に信じたことは早計であり、従つて、右のごとき意図であつたことは本件行為が正当な職務行為であるとする理由とはならない。

してみると、被告人が村田より受取り運搬して来た本件ダイナマイト等を後藤秀生に交付しないことは、後藤秀生等と接触を断絶することになり、該ダイナマイト等が如何に使用され、何所に隠匿し保管されるか、関係人物が如何ようにあるか等の情勢を把握することを断念することになり、当初の使命とする武器収集の実態究明の目的を完遂することができないこととなるので、使命達成のためには本件所為に出ることは絶対必要であると考えたとしても、かかる行為はその職務行為の範囲内とは到底容認し難く、被告人において職務執行の目的で本件所為に出たことはその違法性を排除するものということはできない。

三、本件は被告人に犯意なき行為であるか否かの点について

弁護人等は被告人は本件所為を正当なる職務行為と確信して行つたものであり、かく信ずるについて、相当の理由があり、過失があつたものということはできないから、前示罰則違反の犯意を欠き罪とならないと主張する。

そして被告人の当公廷における供述、被告人の前掲各供述調書等によれば、被告人がその主張の如き確信の下に本件所為をなしたものであることはこれを認められないではない。

しかし、およそ犯意があるとするためには、犯罪構成要件に該当する具体的事実について認識があれば足り、その行為の違法を認識することは必要でなく、またその違法の認識を欠いたことについて過失の有無を問うの要はないものと解すべきである。それ故被告人において、本件の所為が爆発物取締罰則第五条の規定する構成要件に該当する事実については、その認識があつたことは前記証拠によりこれを認めるに足りるところであるから、これを警察官として捜査の職務遂行のためになすことは許されることであつて、爆発物取締罰則の違反とならないと信じたとしても、それは未だ犯罪行為自体の構成要素たる事実の錯誤には当らないので、その犯意がないものということはできない。いわんや、被告人においては本件ダイナマイト等を後藤秀生に一度交付する以上、被告人並びに上司の努力にも拘らず、予期しない事態を招来し、爆発物の不法使用を惹起するかも知れないことは当然予想すべきであるのに、その職務を逸脱して該爆発物を交付したものであるから、これを正当な職務行為と信じたことについては過失があつたことが明らかであり、違法の認識又は意識を全く期待し得なかつたものとは認められないので、弁護人等の右主張は到底是認し難く、所論に引用の判例はいづれも本件に適切でない。

四、本件は期待可能性を欠くものであるか否かの点について

弁護人等は被告人の本件所為について、上来主張したところの違法阻却並びに責任阻却事由が認められないとしても、被告人に与えられた職務上の使命とその置かれた客観的並びに主観的諸情況からして違法行為に出ないことを期待し得ないものであつたから、本件は期待可能性なきものとしてその責任を阻却さるべきであると主張する。

よつて前掲各証拠に現われた被告人の本件行為当時の諸般の事情について検討するに、

1. 被告人が菅生村に潜入の前後及び本件行為当時における日本共産党の軍事活動は全国的に活溌となり、熾烈を極め、緊迫した情勢にあつたこと、

2. 本件の菅生村方面においても、治安上警戒を要する事案が頻発していたのみか、日共党員による武器収集が行われているとの情報があつたのに、その実態が不明で、治安上情勢把握は緊急を要する事態にあつたこと、

3. 以上の情況にも拘らず情勢の探究、把握はその地理的条件も加わつて極めて困難であつたことから、被告人は上司の特命により、警察官たる身分を秘して菅生村に潜入し、ついに同方面の精鋭分子たる後藤秀生に接近することに成功し、彼等の収集せんとしている武器の種類、数量、関係人物、その保管場所を、明らかにしようとしたものであること、

4. 後藤秀生から武器の材料を取つて来てくれと頼まれるや上司の指示を受けてこれを受領に赴いたものであること、

5. 武器の材料がダイナマイト等の爆発物であつたけれども、これを後藤秀生に交付しないことは、爾後における同人等との接触を断絶することになり、被告人に与えられた任務を遂行するに支障となると考えるのも一応無理のないことであつたこと、

6. ダイナマイト等を後藤秀生に手交後は被告人として可能な範囲において、これを監視し、且つ上司にその報告をして適宜な措置を講ずべく努力をしていること、

を彼是綜合して考量すると、当時の緊迫した情勢下において、警備係の巡査部長たる一警察官として前述のごとき特命を上司から与えられ、その任務についたのであるから、その職責を誠実に果さんとする者にとつて、本件ダイナマイト等を村田克己より受領した後、これを運搬、保管して後藤秀生に手交しないことを被告人に期待することは、たとえ、その行為により大なる法益を害するものであつても、著しく苛酷に失すものと認めざるを得ない、若し健全なる通常人である他の警察官を被告人と同一の地位状況の下においたとしても、本件のごとき違法行為に出でず、他に適法行為をなすことを期待することは不可能と認めるのが相当である。

而して被告人が上司小林部長から受けた指示は、武器の材料なるものがダイナマイト等であることを予想しないでなされたものであるからというて、被告人が村田克己から受取つた物件がダイナマイト等であつたとしても、これを後藤秀生に渡すことが当然指示されているものと考えたことはその使命からして無理からぬところであり、これを直ちに後藤秀生に交付しないで小林部長に報告しなかつたこと及び、運搬して同人に交付した後に直ちに報告して事後の指示を受けなかつたことを責めるのは被告人の置かれた当時の情況下においては著しく難きを強いる嫌があり、ダイナマイト等を手交後の監視について被告人の採つた措置が適切であつたかどうかの点も、未だ叙上被告人の責任を阻却する事由の存在を否定する根拠とするに足りない。

よつて被告人の本件所為は爆発物取締罰則第五条所定の構成要件を充足し、それが警察官としての職務遂行の為に為されたものであるとして行為の違法性を阻却するものでなく、且つ被告人において正当な職務行為と信じてこれをなしたものであるとしても犯意がなかつたものと認めることはできないが、適法行為を期待することが不可能であつたものとして、刑法第三十八条等の法意に準じ、その責任が阻却され罪とならないものと認め、刑事訴訟法第三百三十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡林次郎 萩原直三 原田三郎)

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